やっぱりママが好き

とても寂しい休日のお留守番の話。

今日、私は一人ぼっちで留守番している。いろいろと済ませたい事も溜まっていたので、いい機会ではあるのだが、妻や子供がいないと静かすぎて寂しくなる。

さて今回、なぜ留守番という表現をしたのかというところから書き出そうと思う。 先日、「今度の日曜日は遊びに出かけてもいい?」と妻に聞かれた。私は、「もちろんいいよ、行っておいで。」と伝えると同時に、子供と遊べないから何をして過ごそうかなぁと考えていた。次の瞬間、なんか違うなと思った。

ここで、世の男性の多くの考え方を整理したい。未就学児がいる家庭の話だが、妻が出かける場合は子供たちを連れていくことが当たり前のようになっていないだろうか。時には違うこともあるだろうが、そのような場合が多いのではという話だ。

私も例にもれず、妻が連れて出かけるものだと思い込んでいたが、すぐに思い直した。「俺が子供と遊んでいるから、ママはゆっくりしておいで。」と伝えてみたのだ。すると、「いや、子供たちは連れて行くよ」と返されてしまった。 私は残念な気持ちになった。次の日曜日は子供たちと過ごせないのかと痛感しからだ。

我が家では、妻が出かけるときには子供たちも一緒だ。私と留守番しているなんて経験は、片手で数えられるくらいしかない。妻は、そのように予定を組んでいるし、そこに私の意見が入る余地すらないように思える。

だが、今回は少しばかり抵抗してみた。「ママが出かけたいところに、子供たちが出かけたいかは分からないから、パパと遊びに行こうって誘ってみるね。」と言ったのだ。決して意地悪しようと思ったわけではない。純粋に、子供の思いを引き出したかったのだ。 この時のやり取りは、また機会があればお伝えしようと思う。

そして、結局のところ、妻と子供は一緒に出かけた。私は一人でお留守番。

小さな子供は、母親と過ごすのが一般的という風潮は根強く残っている気がする。世の母親たちも、夫に任せて出かけるのは気が気じゃないという気持ちがあるのかもしれない。決して悪い考え方ではないはずなのに、母親ありきの育児を助長しているような気がするのは私だけだろうか。

父親は育児の機会を得るチャンスを逃してはならないと強く思った。

我が家では、子供たちは、何かあると「ママー!」と大声を出す。痛いとき、寂しいとき、つらい時に「パパー!」と呼ばれた事は一度もない。いつも、どんな時も母親が一番近くにいるからだろうね。

子供たちは「やっぱりママが好き」なんだね。

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